神武天皇講座:「神武天皇伝承への挑戦 第一回 日向から宇佐へ Part 1/3」

はじめに

今日からいよいよ「神武天皇伝承への挑戦」と題した連続講座を始めたいと思います。全体で12回を予定していますが、今回はその第1回、「日向から宇佐へ」がテーマです。

このシリーズでは、神武天皇を単なる神話上の存在としてではなく、実際の歴史過程の中で再検討することを目的としています。結論を先に言えば、私は神武天皇はおそらく西暦200年代後半から290年代頃にかけて、九州から近畿へと勢力を拡大していった人物像として理解できるのではないか、と考えています。

今回はその出発点、すなわち日向(宮崎)から宇佐(大分)に至る段階に焦点を当ててお話しします。

神武天皇の系譜を整理する

まずは、神武天皇の系譜を簡単におさらいしておきましょう。天皇家の祖系は、天照大神に遡ります。天照大神は日本民族の氏神とも言える存在で、女神として描かれています。彼女は独身神でありながら、天忍穂耳命をもうけ、その系譜が天皇家へと繋がっていきます。

天忍穂耳命の子が、いわゆる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)です。ニニギノミコトは「天孫降臨」によって九州に降り立った存在として知られています。現在、その降臨地は宮崎県の高千穂周辺とされることが多いですね。

ニニギノミコトは、木花之佐久夜毘売を妻とし、その間に山幸彦(火遠理命)が生まれます。この山幸彦が、後の物語で重要な役割を果たします。

海神族との婚姻と神武天皇の誕生

山幸彦は、兄の海幸彦との対立をきっかけに海神の国へ赴きます。そこで出会うのが、豊玉姫です。私はこの豊玉姫を、志賀島周辺を拠点とした安曇系海神族の娘であった可能性が高いと考えています。

山幸彦と豊玉姫の子が、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズ)。しかし、ウガヤフキアエズは豊玉姫の妹である玉依姫に育てられ、やがて彼女を妻とします。

この二人の間に生まれたのが、神武天皇です。

つまり神武天皇は、

  • 天照大神系の「天孫系譜」
  • 安曇・海神族系の「海人系譜」

この二つの系統を併せ持つ存在として位置づけることができます。

年代観の再構築 ― 日本神話と中国史料をつなぐ

次に重要なのが年代です。一般には、日本古代史は魏志倭人伝を中心に語られがちですが、私はそれだけでは不十分だと考えています。古事記・日本書紀の神話部分にも、歴史的記憶が反映されていると見る立場です。

天照大神を卑弥呼と対応させる説は、九州説の中でも有力です。そう考えると、その前後の神々の系譜も、単なる神話ではなく実際の首長層の記憶と見ることが可能になります。

例えば、天之御中主神高皇産霊神といった存在は、中国史料『新唐書 日本伝』に記された「日本最初の大王像」とも重なってきます。

金印が授与された57年の「漢委奴国王」、そして107年の再度の遣使。この流れの中に、九州北部を中心とした勢力の継続性が見えてきます。

卑弥呼の死後と九州勢力の緊張

魏志倭人伝によれば、3世紀中頃、倭国では邪馬台国と狗奴国の対立が激化しています。私はこの狗奴国を、九州南部(熊本〜南九州)に拠点を持つ勢力と見ています。

247年頃、卑弥呼が亡くなり、倭国は再び混乱します。その後を継いだのが「台与(壹与・豊)」とされる少女王ですが、この頃まで北部九州を中心とした勢力は存続していたと考えられます。

266年には再び中国へ使者が派遣されていますから、少なくとも270年頃までは九州王権は健在だったと言えるでしょう。

出雲・天孫降臨・東征の流れ

一方、日本神話では、

  • スサノオの追放
  • 出雲での大国主の時代
  • 国譲り
  • 天孫降臨

という流れが描かれます。これを歴史的に読むならば、九州勢力が出雲を経て畿内へと拡張していく過程が反映されていると見ることができます。

ニニギノミコトの天孫降臨と、ニギハヤヒの畿内進出は、ほぼ同時期の兄弟的拡張政策だった可能性もあります。

その流れの最終段階に登場するのが、神武天皇の東征です。

日向から宇佐へ ― 東征の最初の一歩

さて、ここからが今回の本題です。

神武天皇は日向を出発し、まず宇佐へ向かいます。古事記では簡潔に触れられていますが、日本書紀ではより具体的です。

宇佐では、宇佐津彦・宇佐津姫という兄妹首長が神武天皇を迎えます。これは、宇佐がすでに強力な地方勢力であり、かつ東征軍を受け入れるだけの政治的判断力を持っていたことを示しています。

神武天皇一行は宇佐に滞在し、そこで勢力を整え、次の段階へ進む準備をします。同行者には、中臣氏の祖とされる人物も含まれており、ここから見ても中臣氏は九州出自の氏族である可能性が高いと私は考えています。

宇佐から彼らは、瀬戸内海沿岸へと進んでいくことになります。

次回へ

今回は、

  • 神武天皇の系譜
  • 九州勢力の歴史的位置づけ
  • 日向から宇佐までの意味

ここまでを整理しました。次回 Part 2/3 では、宇佐から瀬戸内、そして畿内へ向かう具体的ルートと政治的背景を詳しく見ていきます。

神武天皇伝承は、決して荒唐無稽な神話ではありません。丁寧に読み直すことで、3世紀後半の日本列島のダイナミックな政治史が、そこから立ち上がってくるのです。

次回も、ぜひお付き合いください。

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