書籍紹介:「夜明けの海: 天草の豪商・石本平兵衛」 - 河村哲夫著

2026-01-22

『夜明けの海 ― 天草の豪商・石本平兵衛』

天草出身の豪商・石本平兵衛を主人公とした『夜明けの海 ― 天草の豪商・石本平兵衛』を上梓いたしました。今日は、この本について、少しお話しさせていただきたいと思います。

天草という「小さな島」から始まった物語

天草というと、小さな島々の集まりという印象を持たれる方も多いかもしれません。しかし、船で見れば、天草は長崎に極めて近い場所にあります。
江戸時代、長崎は日本唯一の海外窓口であり、経済・情報・人材が集中する特別な都市でした。

その長崎の“衛星都市”とも言える位置にあったのが、天草です。

石本平兵衛は、その天草の本土に近い御領(ごりょう)という町の商家に生まれました。地方の商人の家に生まれながら、彼は若くして長崎に出て、当時としてはきわめて珍しい「留学」とも言える経験を積みます。

長崎商人としての成功、そして九州全域へ

長崎で教育を受けた平兵衛は、やがて長崎市中に店を構えます。当時の長崎は、いわば商人の自治都市。その中で彼は正式な商人資格を得て、
九州諸藩、とりわけ薩摩藩へと深く食い込んでいきます。

江戸時代は、言うまでもなく身分制度の厳しい社会でした。しかし石本平兵衛は、その枠を超えるほどの才覚と行動力で、

  • 柳川藩
  • 肥後藩
  • 薩摩藩

など、九州各地の藩と結びつき、ついには幕府勘定所御用達にまで上り詰めます。

地方の島出身の商人が、三井や鴻池と並び語られる存在にまで成長する。まさに、一代出世の物語です。

栄光の先に待っていた「没落」

しかし、この物語は成功譚だけでは終わりません。幕末期、水野忠邦による天保の改革が始まると、時代の歯車は大きく狂い始めます。

改革を推進する側にいた人物の一人、鳥居耀蔵。彼は急進的で、かつ非常に排他的な人物でした。

長崎で起きた高島秋帆事件をきっかけに、改革派の弾圧が強まり、その流れの中で、石本平兵衛もまた、政争に巻き込まれていきます。最終的に彼は逮捕され、江戸・伝馬町の牢に送られ、57歳で非業の死を遂げることになります。

九州の一豪商として時代を切り開いた男の人生は、こうして、あまりにも突然、幕を閉じるのです。

なぜ、いま石本平兵衛なのか

本書では、石本平兵衛の栄光と挫折を、単なる伝記ではなく、

  • 幕末経済の実像
  • 藩政改革の裏側
  • 商人と国家権力の緊張関係

といった視点から描きました。

彼の存在を追っていくと、天保の改革、薩摩藩の動き、長崎の政情など、日本史の重要事件の背後に、常に彼の影が見えてきます。「事件の裏には、必ず人がいる」それを実感していただけるはずです。

江戸時代のベンチャー精神

私は、石本平兵衛を「江戸時代のベンチャー経営者」と捉えています。既存の枠にとらわれず、情報を集め、人を動かし、資金を回し、リスクを恐れずに新しい道を切り開いていく。

その姿勢は、現代の経営者やビジネスマンの方々にも、多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

もし彼が、もう十年生きていたら

石本平兵衛が亡くなった約十年後、日本にはペリーの黒船が来航します。

もし彼が、もう少し長く生きていたら。もし、幕末の激動期を生き抜いていたら。おそらく彼は、幕末から明治を乗り越え、日本有数の金融・商業の担い手になっていた。そんな想像を、私は何度もしてしまいます。

しかし、歴史に「もし」はありません。だからこそ、彼の生涯は、より鮮烈に、私たちの胸に迫ってくるのです。

おわりに

『夜明けの海 ― 天草の豪商・石本平兵衛』は、

  • 読み物としての面白さ
  • 歴史の謎を解く手がかり
  • 幕末日本を支えた「名もなき実力者」の物語

そのすべてを込めた一冊です。幕末動乱の直前を生き抜いた一人の商人の生涯を、ぜひ、多くの方に味わっていただければと思います。

どうか、お手に取っていただけましたら幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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