書籍紹介:「季刊邪馬台国 第137号 」- 邪馬台国論争最前線

書籍紹介 季刊邪馬台国 第137号 - 邪馬台国論争最前線

創刊40周年と邪馬台国比定地。九州邪馬台国説への収斂。

『季刊邪馬台国』第137号(2019年12月号)は、創刊40周年を記念する特集号として刊行された。特集タイトルは「総力特集 邪馬台国論争最前線」。この一語が示すとおり、本号は邪馬台国研究が現在どこまで到達しているのかを総合的に点検し、次の段階へ進むための足場を示そうとする意欲的な内容となっている。

「季刊邪馬台国第137号」より

邪馬台国論争は、江戸時代以来三百年以上にわたって続く日本最大級の歴史論争である。しかし、その長い歴史の大半は、文献の断片的解釈や地名の音の類似に依拠した推論の応酬に終始してきた。確率論や数量的検証を導入した議論はきわめて少なく、学問的成熟には程遠い段階が長く続いていたと言わざるを得ない。

さらに二十世紀半ば、日本は第二次世界大戦と敗戦という歴史的断絶を経験する。戦前の皇国史観への反動として、神話や正史そのものを排除しようとする修正主義的風潮が広がり、『古事記』や『日本書紀』は史料として慎重に扱われるどころか、しばしば研究対象から外されることさえあった。この流れの中で、邪馬台国研究は方向性を失い、論争は一層混迷を深めていった。

安本理論がもたらした方法論的転換

こうした停滞状況に対し、決定的な転換点をもたらしたのが、安本美典 氏による統計的年代推定法である。安本理論の本質は、神話を信じるか否定するかという二項対立を超え、数理統計を用いて神話時代の年代を確率的に推定する点にある。

日本には百代を超える天皇家の系譜が連続して残されている。これは世界史的に見ても稀有な条件であり、統計的処理を行ううえで極めて有利である。安本氏は、既知の天皇在位年数と世代数をもとに、神話時代の人物の活動年代を推定し、その結果として天照大御神の推定年代が西暦三世紀前半に集中することを示した。

この年代は、『魏志倭人伝』に記された卑弥呼の活動期と高い確率で一致する。さらに、女性統治者であること、弟が政治を補佐していること、太陽的象徴性を帯びた存在であることなど、記述内容の類似性も重なり合う。これらを単なる偶然として片づけることは困難であり、安本理論は邪馬台国研究において初めて「検証可能な出発点」を提示したと言える。

本号は、この安本理論以後の邪馬台国研究を前提として構成されており、論争の土俵がすでに変化していることを読者に強く意識させる。

黄幢という視点 王権を示す「モノ」

第137号の最大の特徴は、邪馬台国を「どこにあったか」だけでなく、「どのような王権であったか」という視点から捉え直している点にある。その象徴として据えられているのが「黄幢」である。

黄幢は、中国王朝において天子や皇帝の権威を示す儀礼具であり、軍事指揮や朝廷儀礼の場において用いられた。魏志倭人伝には、卑弥呼が魏から「親魏倭王」の称号とともに威信財を授与されたことが記されているが、その中に王権を可視化する象徴装置が含まれていた可能性は極めて高い。

本号では、中国文献における「幢」の用例、日本文献における表現の変遷、さらには考古資料として出土する幢状遺物や文様が精査されている。とくに注目されるのが、三角縁神獣鏡に見られる笠松文様との関係である。

三角縁神獣鏡と笠松文様の再解釈

「季刊邪馬台国第137号」より

三角縁神獣鏡は、これまで祭祀具あるいは呪術的鏡として語られることが多かった。しかし本号では、その文様、とくに笠松文様に着目し、これを日像幢・月像幢、あるいは節を持つ幢の構造を図案化したものと解釈する可能性が示されている。

魏志倭人伝に見える卑弥呼の王権を具体的に考証していくとき、「黄幢」という存在は避けて通ることのできない重要な要素となる。幢は中国において天子や皇帝の権威を示す象徴的標識であり、軍事行動や朝廷儀礼において用いられる威信財であったが、その中でも「黄幢」は五行思想における土徳を背景とし、王朝の正統性や天下支配を示す特別な意味を帯びていた。魏志倭人伝によれば、卑弥呼は魏から「親魏倭王」の称号とともに諸種の威信財を授与されており、その内容を具体的に検討すれば、黄幢が含まれていたと考えられる。さらに、日本側の資料に目を向けると、もし三角縁神獣鏡が、王権の象徴としての幢を意識的に図像化したものであるならば、これらの鏡は呪術具や祭祀具という枠を超え、王権の正統性を示す政治的象徴装置として理解されるべきことになる。このように考えると、卑弥呼の王権は、単なる地方的首長制ではなく、中国王朝の権威体系を取り込みつつ形成された高度な象徴秩序のもとに成立していた可能性が高く、魏志倭人伝の記述、日本の考古資料、さらには後代の王権儀礼とのあいだに、連続した構造を見いだすことが可能となるのである。

この視点は、考古学資料と文献資料を単に並列するのではなく、象徴体系というレベルで統合する試みであり、邪馬台国研究を一段深い次元へ引き上げている。

邪馬台国研究の現在地を示す記念碑的号

『季刊邪馬台国 第137号』は、新たな比定地を提示する号ではない。むしろ、四十年にわたる研究の蓄積を冷静に整理し、邪馬台国論争がどこまで進み、どの地点に立っているのかを示すための記念碑的な号である。

「季刊邪馬台国第137号」より

邪馬台国研究は、もはや九州の比定地「場所当て」の段階を超え、王権の性質、象徴体系、儀礼構造を問う段階へと移行しているのかもしれない。本号は、その転換点と40周年の節目を明確に刻み込んだ一冊であり、邪馬台国、卑弥呼、日本古代国家の成立に関心を持つ読者にとって、必ず通過すべき重要な資料になる。

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